昭和48年9月9日、複線完成。千歳線が、これからの北海道の大動脈となる
第一歩、新駅「新札幌」では急行「すずらん」でのセレモニー。新線にはふさ
わしくないのか、何のイベントもなく静かに千歳線からSLは姿を消した。そし
て、昭和48年7月29日、腹ペコの私に冷麦をごちそうしてくれた。やさしい駅
員さんがいた上野幌駅も、やけに寂しい場所に移された。

左上)上野幌〜西の里(信) ドシャ降りの雨の中、D51が牽くセメント列車。釣堀に打ちつける雨音でD51のドラフトがかき消された。工事中の新線より撮影。
左下)木々の向こうに見える新線、釣堀の存在が昔の撮影地を明らかにしてくれた。(特定ランクA) 北広島から西の里へ旧線サイクリングロードを歩いていた
時、森が開けた場所があり、ふと、谷側に目をやると足が止まり、目が釘づけになった。そして、この場所に来た事のない、相棒に「ここ!ここ!あの家、あそこ」
タイムマシーンに乗って、昭和48年に逆戻り、北広島駅周辺の変貌ぶりを目の当たりしてから歩くこと、約30分。季節こそ違うが、あの時の風景がここにある。
そして、あの丘に行けば、まさしく、「あの時、僕はここにいた。」

旧千歳線を活用したサイクリングロードを北広島から西の里へ向かい歩いてみた。一歩一歩踏み出す毎に、あの時代を思い出す、脇を軽快に走る電車や特急気動車の音
をドラフトに置き換えながら前に進む。冬枯れの木々、草の中に、何か昔の痕跡がないか注意しながら足を進める。北広島から西の里までは、ほぼ旧線脇に新線が敷かれ
ていた記憶があるが。 左上)D5159の牽くコンテナ貨物 中上)夕暮れ、和歌山から来たC576が珍しく単機でセキを牽いてやって来た。この場所こそ簡単に特定できると
思ったが、そうはいかず、時代の流れをひしひしと感じた。 右上)西の里(信)を発車するD51744  旧西の里信号所があったであろう場所を通過する721系(特定ランクB)
サイクリングロード脇の苔むした古い石積み、SLのドレインで育ったものか?(特定ランクC) 中縦写真) D51231.D51662共に後補機を従えて西の里へ進入。D51の右
にある木製の防風柵。 森の中に朽ち果てた防風柵と電信柱が・・・当時のものか?(特定ランクC) ノートパソコンに入れたC576(右中)写真を基に撮影した場所を限定して
みた。まわりの木々の成長が35年の月日を感じさせるが、昭和48年。この場所で私はシャッターをきった。(特定ランクA)